その年は近年稀に見る猛暑の年だった。
 つまり、非常に暑い。
 どれくらい暑いかと言うと、吹雪が吹き荒れるような山へ登山しに行く時の格好で、サウナの中に何時間も居るくらい暑いのだ。
 そんな中、ひたすら混雑した街の中を歩くと言う事は………。
 経験した事があるだろうか。
 熱気が篭り、不快感は最高潮に上り詰めて行くのを。


氷***こおり***


 ガンダルアルスの城砂原のど真ん中にでん。っと居を構える浮城から、ずっと離れているイガズ国の首都、ウィーン。
 現在ラエスリールと闇主の2人は混雑する街中を、ひらすら目的地に向かって歩いていた。前に訪れた場所で知り合った人物に、『近くに寄ったら、いきなりでも何でもいいから絶対来い!』といわれたため、馬鹿正直にそれを実行に移しているからだ。
 本来ならば、まだ涼しくて人通りの無くなるらしい夕方頃に行きたかったのだが、ほんの数時間居るだけの予定のため、門が閉じる前に出るためには昼間に行くしかない。
「暑いのか?」
 元、押しかけ護り手闇主の言葉に、汗を滝のように流しているラエスリールは振り向いて睨む。
 今は擬態しているが、闇主は本性魔性。暑さなど関係無い状態に持ちこむのは簡単な事だ。
 それを実行しているものが『暑いのか?』なんて聞けば、丁度いらだっている者にとっては『暑いの? かーわいそー。でも、しかたないよねー。魔性とは違うんだから♪』と言う風に、嫌味にも聞こえる。
「暑いに決まってるだろう…………」
 ラエスリールのその言葉に、闇主はにっこりと笑う。はっきり言って本性知った今となっては気持悪いの一言に尽きる。
 そしてすっと腕を掴むとさっさと歩き出した。
 人なんて気にしない風にあるく姿に、ラエスリールは思わず手を振り解きそうになるが、闇主はそれを許さなかった。
 露店が出没するその通りは広い。
 そこを通る人々の数は、通りの許容量を大きく越えていた。
 歩く時はゆっくりゆっくり、ひと1人、露天を見ようとすれば足取りはさらに遅くなる。
 こんな中をずかずか歩くなんて、普通では考えられない。
 しかし――、しかし、素晴らしい事に闇主のその美貌でか、威圧感でか、人々は自主的に道を空けたのだ。
 注目度限りなく100%に近い状態。
 闇主の行動さっぱり読めず。
 少々うろたえ気味のラエスリールの姿は、闇主と同じくやはり人目を引いていた。


 ほんの数分歩いた所で闇主は歩を止めた。
 そして、その近くの店の店先に置いてある長椅子に腰をおろさせられる。
「そこで待っとけよ」
 言って、闇主は店内へと進んで行き、何やら店員に話かけていた。
 ぼーっとそれを見て、ラエスリールは溜息を知らずに漏らす。
 逃亡中の今、たまにこう言うのも良いのかもしれないが、今追手に現れると困る。
 何せ先ほども述べたように、人通りは多い。
 そこにいきなり上級魔性が現れては、人々は恐慌状態になり、無駄な人死にが待ち構えている事は分かりきっているのだ。
 この事を考えて、もう1度溜息をつく。
 やはり、来るべきでは無かったのだろうか。
「何をしているんだ?」
 闇主に後ろから声を掛けられ、はっとするように後ろを振り向いた途端、ラエスリールの頬にひやりとした物が当てられた。
「ぅわっ!」
 反射的に身を引いて、その冷たい物を見つける。
 透明の硝子鉢の中に赤い色をした物が入っていた。
「…………闇主……………?」
 見た事も無いそれに、怪訝な顔をする。
 闇主はラエスリールにその硝子鉢を手渡し、当然のような顔をして隣に腰掛けた。
 鉢には、銀製のスプーンが突き刺さっている。赤色の物は液体のようで、白い物体の上に掛かっている。
 横目でちらりと闇主の様子をうかがった。
 これは、一体何なのだろうか。見た事も無い。
 見ると闇主はスプーンを手に持ち、口へと運んでいる。けれど、比較的ゆっくりと食べ、時折休んでいた。
「食べないのか? ここのはうまいぞ」
 言って、ラエスリールの持つそれを無作法にもスプーンで指してきた。
 赤色の液体はじわじわと白い部分を侵食している。
 ついでに面積が小さくなっていた。
「何なんだ、これは………?」
 呟いた時、店内から長い黒髪の美女が現れる。
 その姿にラエスリールは一瞬身体をこわばらせた。美女は妖貴のような容貌の持ち主だったのだ。
 けれど、敵意の欠片も見出せない。それどころかにこにこと笑みを浮かべている。
「あら、センカったら食べ方を教えていないの? あーあ、溶けちゃってるわ。特別に作りなおしてあげるわ 目の保養になったし」
 言ってからぱっとラエスリールの持つ鉢を、取り上げて店の中へと入っていく。
 闇主の事を『センカ』と言い、客(多分だ)に普通の口調で喋る事に少々呆然とした。
 ちらりと横を向くと、苦笑している。珍しい光景だ。
「あれは半妖の娘だ。ここに来た俺の裾を引っ張ってな、半妖の母親に『魔性がいる』って言ったんだ。面白かったから、数年前までこの時期になると来てたんだよ」
 その言葉に、店の中で不思議な物の取ってをぐるぐる回している姿を見つける。
 漆黒の瞳と髪、美貌。
 確かに、妖貴の容貌の条件は揃っている。
 けれど内にある力の強さも無い。命もたった1つ。完璧に人間だ。
「はぁ〜い。お待ちどうさまっ! あのね、これはかき氷って言って氷を削って、液――氷蜜って言うんだけどね――掛けて食べるの。  この時期が1番の売れ時なの それに、ここの美味しいって評判だしね」
 小走りに走ってきたその娘から手渡されたそれを見つめ、言われた『食べ物』の言葉にすくって口元へと持っていく。ぱくりと、口に入れた途端ひんやりとした感覚が中に広がった。
 それと同時に甘い味も広がる。
 苺の味だろうか。
「美味しい………」
 知らず知らずのうちに呟いた言葉に、娘は極上の微笑みを顔に浮かべた。
「嬉しい ありがとう」
 両手を頬に当て、とても幸せそうな顔を作る。
 自分に正直な娘だ。
 しばし闇主――娘にとってはセンカではあるが――雑談していたが、他の客が入ってき、そちらにまわる。
 どうやら馴染みの客らしく、氷を削る道具と思われる物をぐるぐる回しながら、話しこむ。
「素直な子だな」
 ラエスリールの言葉に、闇主は最後残った形を無くしたかき氷を見て口を開く。
「あれがか? 何度か家に押しかけた事はあるが、店とは天と地ほどの差があるぞ」
 この言葉に、違う。と短く言い捨てた。
「作り物だとしても、人の言葉に感情を出しているだろう」
 私には到底無理な話だから。と付け足して、口へとスプーンを運ぶ。
 ひやりと感覚と、苦手な筈の甘さが口に広がる。
 初めて口にした物はこの辺りでは、結構普通に見られる物らしい。
 見える限りの店、約20程の中で『かき氷』と言う旗を掲げている店が、2店程見えた。違うのかそうでないのかは分からないが、『氷』と言う文字の物は3店。ここを入れて計6店。
 やはり、普通なのかもしれない。
「まあ、そうだろうな」
 闇主の言葉に、何の反応も見せないで置いた。
 正確には反応する事が無かったとも言えるが。
「私も、あんな風だったのなら、浮城に居た頃苛立たれたりしなったのか……?」
 本人、別段意識しなかったのだろう。呟いた言葉は、意味の無い寝言のようだった。
 けれど闇主はその言葉に、妙に不機嫌な顔をする。
「お前それを本気で言っているのか?」
 ラエスリールはその言葉に、聞き流すようにして、ああ。と呟く。
 本当に本人は意識していない言葉だった。
 内容を深く考えず、ただ言うだけのように。そんな言葉だった。
「………それを本気で言っているのなら、俺はお前に今までの時を請求するぞ」
 言って、闇主は立ちあがった。
 繰り返し、ずっとスプーンを口に運んでいたラエスリールは、それを止め、立ちあがろうとする。
「暫くすれば戻ってくる。それまでに、さっき言った言葉が本心かどうか考えておけ」
 命令口調で闇主は言うと、人波に揉まれていく。
 すぐに見えなくなって、追う事を諦め、先ほどの言葉を考える。
「………………あ、あぁ……………」
 考え出して少しもしないうちにどういうことか、なんとなく分かりそう呟いた。
「あらぁ? センカは?」
 先ほどの娘が出てきて、闇主の残して行った鉢を手に木製の盆上に乗せる。
「……暫くすれば、戻ってくる、と」
 言った言葉に、何らかの言葉を吐いて中へと入っていった。
 何を言ったのか聞こえてはいない。

 手の中に、鉢がある。
 猛暑の最中に置かれ、溶けてしまったそれは、まだ冷気を持っていた。
 形を無くし、水のようになった物には、薄い赤色の色がついている。

  
 考えろ。といわれた。
 けれど考える事なんて何も無い。
 別に、意味の無い言葉だったのに。
 本心から言った言葉ではなかった。



 妙な気分がした。



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きらちゃんに頂きました小説「氷」です。
開店祝いだそうでv嬉しいなぁこういうのv
うふふふv

このお話実は私よくわからないのです。
ラスが「作り物でも感情を押し出せば良かったのか」的な発言をしたのは悲しかったですが。
そうじゃないでしょラス?あなたは真っ直ぐだからこそ素敵なのに〜。
闇主は何を思って行ったのでしょうね。
皆様はどんな風にお思いになりました?御感想お待ちしてます。→BBS

きらちゃん、素敵な小説ありがとうv

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